ネオテニー
現役を引退した小生と、まだ半分現役中(理工学部の教授を定年退職で引退したのだが、名誉教授待遇で残っている)のタダノ教授とは小学校以来の親友である。最近は特にの飲みながら懇談する機会が増えたのである。責任のない素直なやり取りが酒を呼ぶのである。旨い酒があると、彼の本音が聞けるのも嬉しいのだ。彼と今回も呑みながらの懇談のときである。今回は、ネオテニーの話題に湧いたのである。
東洋人は、欧米人と比べると、どことなく幼さが残っているというのだ。特に日本人は、東洋人の中でもおとなになったところで、幼さを何処かに残している人が結構いる。つまり、「性的には、成熟しているのだが、未成熟な特徴が残っている。」と、言うのである。言い換えると、『未熟な特徴を残しながら、おとなになっている。なのだ。この未熟な特徴は、決して悪いことではない、と、タダノ教授は言うのだ。そしてこのような生物現象を”ネオテニー(neoteny)”と、言うのを説明してくれたのだ。日本語では、「幼生成熟」または、「幼態成熟」と訳されている。難しいことを知っているものだと、彼にはいつも感心する。
日本人の新生児にみられる蒙古斑があるのだが、西洋人は、胎児のときに消えてしまうのである。つまり、日本人は未熟さが残って、生まれるというのだ。また、他の人種と比べて、平べったい顔、、薄い体毛、短い手足なども総体的な幼さの特徴だろう。また、米国にいたときのことである。。概して、日本人は、たしかに、子供っぽく見えるのだった。中には、年が若くみられて喜んでいた奴もいたのだ。しかし、タダノ教授によると、この幼い特徴を持つことが、日本人特有の感性が豊かになる思考だという。
日本人のネオテニーの度合いが進むということで、脳の特性や、そしてその成長がゆっくり進むというらしいとタダノ教授は説明してくれたのだ。まだ学説の段階だが、”禅の心”、茶道、華道などの侘び寂びの世界感を重視する文化が進んでいるのもネオテニーの影響らしい。この世界観を欧米人が理解するのは難しいが、日本人ならば、そんなに難しいことを言わないでも感覚でわかるのだ。能や歌舞伎そして、武道なども感性として、ストーンと腹に落ちるのも多くの日本人ならわかるだろう。
戦前、特に明治大正時代の日本人の平均寿命は、60代前後だった。その時の60歳は、かなりの老人だ。ほとんど隠居しているのだから、そのように見えるのだろう。しかい、今はどうだろう。定年が65歳となり、さらに70歳にしようとしている。60代などは現役さながらだ。これもまた、日本人のネオテニーが進んでいるということなのかもしれない。これは、小生の仮説である。





























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